小児の歯内療法 その特徴と診断、治療
1.小児の歯髄の意義と歯髄保存療法
健康志向の高まりに応じて、歯や歯髄を保存する要望が強まっている。歯髄保存療法が最も応用されてきたのは、小児期の歯内療法においてであった。その理由の第一は、歯髄が小児の幼若な永久歯を成長・発育させて完成に導く主役だからである。そして第二の理由は、乳歯が正常に歯根吸収して脱落するためには正常な歯髄が必要だからである。その上、無髄歯は破折しやすいことからも、歯髄保存はあらためて注目されている。
しかしたとえ充填処置であっても治療後の歯の歯髄は、軽度の慢性歯髄炎を伴っていることが知られている。つまり正常歯髄が維持できるとは限らないため、歯髄保存療法の後は、3年以上の定期的経過管理が必要である。特に、乳歯歯髄炎に対しては、後継永久歯の安全と正常な交換のために、抜歯の選択もありうる。このような特徴を小児と保護者に正確に理解させる必要がある、したがって、小児の歯髄保存療法や歯内治療は、経過管理と意義と限界について理解し同意した保護者をもつ患児が適応症となる。
ただし、歯科医師は歯髄保存療法術後の不快症状発現に対し不安感を抱く傾向がある。しかし、歯髄に関する最近の研究成果は、歯髄には旺盛な生活力があることを教えており、歯髄保存療法は正確な診断に基づいて行えば成功率が高い治療法である。小児期は齲蝕や外傷が多く、かつ若年者ほど歯髄が高い生活力を持つことを考えると、歯髄保存の活用は欠かせない。
さて、歯髄保存療法は可逆性歯髄炎を適応症とする。歯髄診断に関しては、歯髄が保存不可能な場合、つまり不可逆性歯髄炎の診断が、かなり正確に行なえることが示されている。すなわち、不可逆性歯髄炎である確率が高い所見は、電気診閾値の上昇と、自発痛や露髄が共に見られる場合であるという。ただし幼い小児ほど、本人からの問診が困難であるため、客観的な診断手法を活用する意義が大きい。また、術前のみならず、治療途上でも診査を追加して、より正確な診断に近づくよう努めることが重要である。これに加え、小児と保護者には、歯髄保存療法の意義と限界、経過不良の兆候と確率、ならびに術後管理の重要性について十分説明し、理解してもらうことは極めて重要である。これが理解されていれば、たとえ不快症状等が生じた際も、問題は生じにくいであろう。
2.小児の診査における特徴と注意点
小児に対して痛みに関して問うと、その時点で最も気になっている部位のみを教える傾向がある。また、痛みの部位については、指さしやすい前歯部、特に下顎をさしやすいことを意識して診ることを勧める。
1)歯の変色
外傷の既往がある前歯に変色は多いが、変色歯に歯髄壊死が合併する確率は60%程度にとどまる。また、歯髄腔狭窄(歯髄の石灰化)が 変色を招いていることもある。一般に、歯冠の変色は口蓋側から観察した方が、明瞭であるが、乳歯の外傷後の変色においては、受傷後 8か月以内は、色の回復があることが知られているため、こまめな経過観察が望ましい。
その他、フッ化ジアミン銀(サホライド)を塗布されて黒変している乳歯を見かけるが、これは刺激の強い薬剤であり、これを塗布された象牙質齲蝕歯は歯髄炎を伴うく危険性がある。
2)電気診
乳歯における電気診を乳前歯で検討したところ、刺激に対する反応が、小児においては表情の変化や顔をそむけたり体をねじるなどの反応で示されることがわかり、この点を意識して幼児の反応を丁寧に読み取るよう努めると正答率は85%であった。また、電気診は、水酸化カルシウム断髄後の幼若永久歯の歯髄の生死も正確に診断可能である。
他方、瘻孔がある小児の歯を切削したところ疼痛を訴えられたがなぜかとの質問を受けることがある。歯髄の病理像は一様ではなく、各種炎症や壊死部分が混在することが記載されている。たとえ瘻孔が認められる歯も、小児においては電気診などによる歯髄生活反応の確認をお勧めする。もし生活反応陽性であれば局所麻酔を用い、麻酔が奏功したことを電気診で確認してから切削することで、無痛治療が可能になり、小児の協力も得られやすい。
3)露髄診
露髄の有無は、視診や実体顕微鏡観察、インピーダンス(電気抵抗値)測定(APIT)、過酸化水素水に対する発泡の有無などで診査する。
インピーダンス測定は、歯面を清掃し、表層の軟化象牙質をエナメル-象牙境に至る範囲を除去して粥状象牙質を払い取り、露髄の有無をエンドドンティックメーターTMやAPIT15で測定する。測定部位は生理食塩水で湿潤状態にして、かつ歯肉への電流の漏出を防湿し、測定端子には電気伝導性ペースト(歯磨きペーストなど)を少量つけて測定する。金属修復物や歯頚部歯肉との間を十分絶縁させる。
APIT15では、指示値6以上が仮性露髄、8以上は露髄との報告がある。
エンドドンティックメーター値32以上(13Ω以下)で露髄、仮性露髄はEM値28~32(13~16Ω)といわれる。
軟化象牙質は最大2.2Ω(APIT値1~2)に相当するインピーダンスをもっているため、象牙質を完全に除去した時点では、値が1~2上昇することが予想される。暫間的間接覆髄法などの際にこれらの値は有用である。
4)打診
打診に対する感じ方は、対象歯と比較して感覚の相違があるか否かを判断する。小児の場合、歯をノックしながら、
「これが1の歯。こっちは2の歯だよ。1の歯と2の歯を比べたら、どっちがいやな感じかな?」
などと、小児が答えやすい尋ね方にする。
1歯ずつノックしながら「痛かったらおしえてね」と単純に聞くと、歯をノックすることそのものが痛いという意味で、小児歯うなずくことがあるため、正しい診査ができない。
5)動揺度測定
歯の動揺は歯周組織の量的変化、歯根吸収や骨吸収の進行程度を反映する。歯周炎が進行し、歯根膜の破壊が進むと動揺が増す。そのほか、固定が効果を発揮しているのか、固定の脱離や 歯冠‐歯根破折、治癒の評価、骨性癒着の有無の判断などに有用である。いわゆるMillerの動揺度にくらべ、PERIOTESTは数値化でき、かつ再現性が高い点で小児には有用である。ただし、成人における動揺度より高めなのが小児の特徴で、動揺度1~2を示す場合がある。PERIOTEST値2.5 以上は、固定を要する脱臼歯に相当する。
6)エックス線所見
全部性の歯髄炎や根尖性歯周炎の初期においては、エックス線所見の異常がほとんどないことがある。他方、幼若永久歯では歯髄炎などの場合、反応性の骨硬化像(不透過像)を伴う頻度が成人よりは多い傾向がある。
内部吸収については、生活歯髄切断法の術後には歯髄炎に由来するものが低率ながら報告されている。また乳歯には特発性吸収があり、歯冠と歯根の双方の診査を行う。対側同名歯の吸収状態や年齢相応の平均的歯髄腔副径や歯根吸収との比較が重要になる。歯根吸収は、成人の永久歯よりも進行が速い点に注意を要する。
3.歯髄診断と処置法
小児では本人からの情報が得られにくいあめ、既往や症状の詳細情報は得にくい場合があるため、診査時は違和感を与えずに行い、小児の声に耳を傾け、保護者に詳しく話を聞くことになる。
(1)冷温水痛や、甘味違和感、咬合時違和感があった歯では、
① 露髄があるか、または覆髄・歯髄鎮静法によって症状が悪化した場合は、抜髄を要する。
② 自発痛と露髄があり、電気診反応への閾値上昇のある歯は、不可逆性歯髄炎である確率が高い。
③ 露髄がない歯で、覆髄により症状が消失した場合は、歯髄保存療法の適応である可能性が高い。
(2)冷温水痛や、甘味違和感、咬合時違和感、疼痛の既往がない場合は、露髄の状況で対応が異なる。
①露髄がない場合; 感染歯質を除去して間接覆髄を行う。 偶発露髄を生じた際は、直接覆髄を行う。
②仮性露髄の場合;
1回で治療を終える場合は、部分歯髄切断を行う。暫間的間接覆髄法(GCRP)は、間隔をあけた数回の治療を要する。
③露髄がある場合、
A 直接覆髄;外傷による破折に伴う露髄で、受傷1日以内であるものや、窩洞形成中の偶発露髄
B 部分歯髄切断法;歯髄ポリープや二次齲蝕である場合。断髄時に術中診断を行う。切断面に新鮮血の出血が見られ、瞬間止血して、その後に弱い出血の再開があるものは適応と判断する。
乳歯では歯根吸収が根の1/2以上に及んでいない歯が適応となる。
C 生活断髄時に止血せず炎症が疑われる場合や、露髄部に壊死や排膿がみられた歯に対して抜髄・根管治療をおこなう。乳歯は歯根吸収が明瞭でない場合に適応され、歯根吸収が明瞭なら,抜歯かFS断髄の適応となる。
4.形態的異常における歯髄保存
形成不全歯や歯内歯、中心結節などは、口腔内に萌出すればすみやかに感染を起こす危険性があることから、できるだけ早期に被覆や修復を受けることが望ましい。また、エックス線診査にて萌出前に診断がついた場合は、萌出直前(歯肉内萌出時)に、開窓して覆髄することができ、最も安全な対応が可能になる。さらに、最終修復を想定して、当該歯がうける、切削等の侵襲を最低限度におさえるように、対合歯や隣接歯の間の空間をあらかじめ確保するための仮修復を行っておくことも有意義である。いずれも5歳ごろのエックス線診査で萌出前診断が可能であり、この年齢での診査の意義は大きい。
5.外傷歯の歯髄保存について
受傷歯の特徴は、外力が組織を瞬時に損傷する点で、歯の破折や脱臼、露髄や歯髄の断裂や歯槽骨骨折が起きる。これらのうち、破折に伴う露髄は、直後から歯髄炎症をもたらすが、露髄部のみならず象牙質の破折やエナメル質の裂を経由して、細菌や刺激が歯髄の病変を発現させることが示されている。そのほか、さらに長い時間が経過してから、損傷で生じた歯根膜の断裂や歯槽骨骨折などの急性歯周炎と歯の動揺が、歯髄に出血や虚血など多様な循環障害をもたらすことがある。また、断裂した歯根膜に侵入した細菌は上行性歯髄炎をおこす危険性がある。これらは歯髄壊死、歯髄腔狭窄、歯根吸収、歯根破折部の感染などの発現に関与する。したがって、歯の亀裂や破折の被覆、動揺歯の固定、口腔衛生指導は受傷歯の歯髄保存に寄与する。
その他、損傷後、経時的に観察され始める所見や合併症について、認識しておくことは有用である。
他方、歯根吸収の中には、歯髄の病態と関連ないものがあり、歯根吸収を起こした歯でも、歯髄は保存可能な場合がある。歯根吸収の種類と特徴を知ることは、歯の保存に役立つ。
6. 歯根未完成歯とその歯内療法の特徴
1)歯根未完成歯とは
狭義の歯根未完成歯とは、成人の完成した永久歯との対比で、根尖孔の比較的開大した時期の若年者の歯を指している。萌出後2~3年で歯根が完成すると記載されるが、あくまで目安であり、実際の根尖孔は頬舌側方向と近遠心方向で直径が異なることが稀ならずあり、エックス線所見で歯根完成歯とみえても、根尖孔形態は慎重に診査しないと把握できない。
また、永久歯の萌出については、歯根の形成量が完成時の約1/2に達すると萌出を開始し、犬歯のみ歯根の2/3が形成されると萌出するのが一般的である。ただし、歯根の形成程度がより低い状態でも口腔内に萌出することがある。これは、先行乳歯が根尖性歯周炎や外傷などで早期に失われて、歯槽骨が喪失した場合や、永久歯胚が感染したり、歯槽内で歯髄壊死を起した場合、形成不全歯の場合などで、歯根は無形成か形成途上であることが多いため、早期萌出として観察される。
根管治療の対象となる歯根未完成歯は、ほとんど歯根の形成がない歯から、成人なのに明らかに根尖孔が広い症例まで、多様な状態がある。また、根未完成永久歯の特徴は、歯根長が短くとどまり、広い根管と根尖孔、薄い根管壁を有すること、そして石灰化が進行過程にあるため、歯質が柔らかく物性強度が低く、透明象牙質を有さないことである。なお、歯根未完成歯周囲の歯周組織における代謝は活発であり、歯槽骨の物性は低いが、豊富な骨髄が存在している。
2)適応症
歯根未完成歯の根管治療の適応症は、全部性歯髄炎、不可逆性歯髄炎、歯髄壊死、その他、歯根水平破折歯が、歯冠側破折片内の歯髄壊死を合併した場合、歯内歯の内腔の感染による歯根周囲炎を含む。これらの原因は、う蝕、外傷、歯内歯、中心結節破折、形成不全、歯根破折、歯根吸収 等がある。
3)根未完成歯の根管治療の特徴
根未完成歯の根管治療において、一般的な根管治療と異なる術式が必要とされるのは、根未完成歯の作業長の決定法と、根管充填法であろう。前者は、根管長測定が可能な電気根管長測定器の種類が限られていることで、後者は、広い根尖孔を封鎖するための硬組織誘導(Apexification) を要することである。そのため、根管充填が終了するまでの来院回数が多く、一般に来院期間が長くなる。
7.小児の電気的根管長測定について
電気的根管長測定器は多種類開発されてはいるが、成人の完成した永久歯が対象とされており、根未完成歯を測定する時は極端に短く表示されるなど測定不能状態を示すものが多く、使用できる機種が限られる。幼若永久歯のApexificationや乳歯においては、根管形成の作業長が長すぎると根尖部組織や永久歯胚を損傷し、根尖性歯周炎をおこす。一方、短かすぎると根管内に異物や歯髄が残存し、糊剤の充填不足、組織侵入、感染、炎症を招く。
1)電気的根管長測定法
電気的根管長測定器Apitは2種類(1kHz、5kHz)の電源周波数を用いて、それぞれの周波数でのインピーダンス計測値の差で根完成歯の根尖狭窄部を検出する機器である。Apit15を用い、根未完成歯や水平歯根破折部の根尖部の指標になるのは、メーター指示域“APEX”である。乳歯ではメーター表示WL範囲が根管形成の作業長となる。(完成した永久歯ではメーター表示WLの前後2目盛の範囲がにおける根尖から根管内部0.6~0.7㎜の範囲であるように設定されている。)測定針としてはNo.15ファイルをもちいると再現性が高い測定ができる。
測定に際しては、生理食塩水など電解性溶液を根管内根管口近傍まで満たして測定する。根管内に血液などの電解質が存在することは測定を妨げないが、歯冠外側まで溶液があふれていると測定困難となるため、歯冠外側の溶液はふき取っておく。歯冠崩壊が著しい場合は、隔壁を設けることを推奨する。
なお、水平歯根破折歯が歯髄壊死を合併した症例における根管治療においては、破折線から歯冠側に精製水で練和した水酸化カルシウムを貼薬することが推奨されている。この治療において、歯根破折が頚部に近接している場合に、歯頸部への電流のリークが起きやすく根管長の測定が困難な場合がある。このような場合は、アジャスト方法をオートからマニュアルに変更して測定を行うことが推奨される。
2)エックス線写真を用いた根管長測定
あらかじめ長さを測定したファイルやガッタパーチャポイントを根管内に挿入して、エックス線写真を撮影し、画像上の長さとの比率を用いて計算することで、根管長を算出する方法である。この方法は根管を直線的に測定するため、やや短めの値が出る危険性がある。ただし、電気的根管長測定により得られた根管長が、臨床に適切な範囲か否かを確認するために有効である。また、エックス線写真上に観察された硬組織の位置や性状、側枝や根側への根尖開口部の存在、歯根吸収、歯根破折などの診査が可能であり、電気的根管長測定により得られた値の意味について推察が可能となる。したがって、ガッタパーチャポイントやファイルを試適してのエックス線撮影は、電気根管長測定と併用すべきであろう。
表 歯根 吸収の臨床分類(宮新 1996 を改変)
①Ⅰ型歯根吸収 生活歯における歯根吸収で、深さ0.5 ㎜以下、歯髄炎や根尖性歯周炎を疑わせる所見がなく、2か月以上進行しない場合を指す。 水平歯根破折歯や軽度または中等度の脱臼歯などに観察されることがある。自然に吸収窩にセメント質様硬組織が添加して治癒 すると言われる。
②Ⅱ型歯根吸収 歯髄炎や歯髄壊死に伴って歯根内吸収を生じることがあり、いず れも抜髄または感染根管治療により阻止できることが多い。こ れらの歯根吸収が疑われた場 合は、デンタルエックス線写真の偏心投影やCBCT撮影によりなるべく短期間のうち外部吸収と判別 しなければならない。その他、後発する歯根内吸収として、象牙前質領域または根管充填材の外側を吸収するトンネル型歯根内 吸収があり、歯髄腔狭窄やⅣ型,Ⅴ型の歯根吸収との関連が疑われるが、本体が不明である。
画像所見で、1 ~2か月の間に歯根吸収が進行した場合は、抜髄または根管治療を行い、歯の喪失を阻止する必要がある。トン ネル型吸収に対してはⅣ型,Ⅴ型の歯根吸収同様の外科的対応も考慮する。
③Ⅲ型歯根吸収 歯髄炎や歯髄壊死に伴って歯根外吸収を生じたもので、抜髄 または根管治療により阻止できることが多い。 画像所見で歯根吸 収の進行を認め、かつ歯髄炎や歯髄感染の疑いがある場合は抜髄し、歯の喪失を阻止する必要がある。 約2か月で歯の大半を 喪失する場合があるほか、 歯髄壊死が放置された歯には進行性歯根吸収やⅣ型歯根吸収となる危険性がある。画像所見で1~2 か月内に歯根吸収の進行を認めた場合は、軽度の歯髄炎や歯髄感染の疑いがあるだけでも抜髄し、歯の喪失を阻止する ために 必要な場合がある。歯内療法開始後は歯根吸収の進行が止まり、吸収されていた骨や歯根のX線透過像が改善することが多い。
④Ⅳ型歯根吸収 低位化を伴わないが、歯内療法を行っても進行が停止しない 進行性歯根吸収。歯頸部侵襲性歯根吸収などの形で遅発する危 険性がある。 受傷後1年以後も遅発する危険性があることは、受傷歯は年単位で長期的に定期診査を受けることが望ましいとされ る理由になっている 。動物における実験的脱臼においても、歯頸部に軽度の歯根吸収が長期にわたり観察されていることから、歯根吸収の機序の解明が待たれる。
吸収が急速な場合は、断層撮影、CBCT 等により位置と骨の状態を確認したのち、外科的歯内療法で吸収窩を掻把したり、さら に吸収窩を接着性レジンで充填することで進行が阻止できる場合がある。しかし、歯根吸収歯の病理については未だ不明な点が 多く、歯根吸収を進行させないために も、受傷歯を初期対応において愛護的に扱うことと、術後の経過管理を適切に行い、歯髄の 異常を放置することなく発見し、診断すると共に、 歯内療法を遅滞なく実施することが欠かせない。
⑤Ⅴ型歯根吸収
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低位化と辺縁骨喪失を特徴とする進行性吸収。 歯髄の生死、炎症の有無に関係なく、正常歯髄を有する歯にも生じる ため、歯周組織の損傷に起因すると推察されている。低位化 には一過性のものと、継続性のものがあり、1 年程度で低位化が解消し、低位にあ った歯が元の咬合を回復する場合もある。 もし、吸収が進んで歯槽骨と歯 根が置換される経過を取る場合は、歯槽骨保存の意義があるため、当該歯は保存し、経過観察 する。また、低位化が進行し、隣在歯も低位化や対咬歯の挺出など、咬合に悪影響を与える場合は、抜歯と矯正治療が選択され るが、このような問題が生じない場合は、未成年では低位化した歯冠にコンポジットレジン修復を行い、審美的な改善を試みる。Ⅴ型の歯根吸収に対しては、部位が一部的で特定できれば外科的歯内療法で吸収窩を掻把したり、さらに吸収窩を接着性レジンで 充填することで進行が阻止できる場合がある 。この型の歯根吸収は、脱落再植や陥入症例に認められるという特徴があることから、受傷歯を初期対応において愛護的に扱う必要があるだけでなく、受傷歯が陥入を併発していないか、 受傷当初に検出し ておくことが早期発見の可能性を高める 。
8.小児の歯内療法の術式
Ⅰ.暫間的間接覆髄法 GCRP(Gross Caries Removal Procedure)
象牙質を完全に除去すると、露髄する可能性が高い乳歯や、幼若永久歯に対して、歯髄の旺盛な修復象牙質の形成を期待して、段階的経時的に歯髄の保護を図る暫間的歯髄処置である。
術式:
1)除痛
2)ラパーダム防湿、歯面の清掃
3)ウ窩の開拡、
軟化象牙質を残した後、インピーダンス14KΩ以上(APIT値6.5以下)
4) 水酸化カルシウム製剤で間接覆髄法を行い、次回6週-3カ月後に再診査し、覆髄剤を交換する。その時点まで十分な封鎖性と耐久性のある修復方法を選択すること。
異常所見がなく、覆髄面の電気抵抗値が象牙質窩洞の値になった時点で、軟化象牙質を完全に除去して修復を終了する。
Ⅱ.生活断髄法 (Vital Pulpotomy)
冠部歯髄に限局した病的組織を除去し、歯根部に残留する生活歯髄を切断し、糊剤で被覆、これを治癒保存させる方法である。
1.水酸化カルシウム法
術式
1)除痛
2)ラパーダム防湿、歯面の清掃
3)ウ窩の開拡、感染歯質除去
4)天蓋除去; 露髄点を連ねて、天蓋はなるべく一塊として除去し、髄角も除去する。
術野の消毒(ヨードチンキ+アルコール)
5)歯冠部歯髄除去、切断; 滅菌ラウンドバー(#4~6)を逆回転させ、歯冠部歯髄をかきあげながら、歯髄を切断6)切断面の修正; バーを正回転に改め、根管口の歯髄切断面を整え、生理食塩水で十分洗浄し、吸引と綿球で
水分を除去
断髄面からの出血が鮮紅色で、洗浄後に瞬時歯髄が見えてから出血で覆われるものが適応症。
(断髄面からの出血が暗赤色で多い場合は抜髄。歯根吸収が明瞭であればFS法または抜歯)
7)水酸化カルシウムと滅菌水を滅菌練板上で練り、歯髄切断面に貼付する。 髄床底全体を覆う。
8)グラスアイオノマーセメントを充填する
9)臼歯はアンレーまたは被覆冠、前歯はレジン修復を行う。
10)経過観察 1週以内に診査。3か月以内にエックス線診査で内部吸収、歯根吸収に注意。
冷水痛の持続、温水痛、打診痛、咬合違和感、電気診反応陰性は不良所見。
2,
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FS法; 硫酸第二鉄貼布法。乳歯に適用され、成績がFC法と同等。生体親和性、操作性等に欠点がない。
術式
1)除痛、歯面の清掃、ラパーダム防湿、
2)ウ窩の開拡、感染歯質除去、天蓋除去;術野の消毒(ヨードチンキ+アルコール)
3)歯冠部歯髄除去、切断; 滅菌ラウンドバー(#4~)を逆回転させ、生理食塩水注水下で歯冠部歯髄をかきあげ歯髄を切断する。
4)バーを正回転に改め、根管口の歯髄切断面を整え、生理食塩水で十分洗浄し、吸引と綿球で水分を除去する。瞬時歯髄が見えてから鮮血で覆われたら適応症。
5) 15.5%硫酸第二鉄(アストリンゼント®)を1分適用して生理食塩水で洗浄し、吸引と綿球で水分を除く。
6) 酸化亜鉛ユージノール糊剤を歯髄切断面に貼付し、 髄床底全体を覆う。
7) グラスアイオノマーセメントを充填する
8) 臼歯はアンレーまたは被覆冠、前歯はレジン修復を行う。
9) 経過観察 1週以内に診査。3か月以内にエックス線診査で内部吸収、歯根吸収に注意。
冷水痛の持続、温水痛、打診痛、咬合違和感、電気診反応陰性は不良所見。
Ⅲ.乳歯の抜髄
術式
1)除痛
2)ラバーダム防湿、歯面の清掃
3)ウ窩の開拡、感染歯質除去
4)天蓋除去,髄室清掃
髄角の除去、術野の消毒(ヨードチンキ+アルコール)
根管上部形成 #35ファイルで直線部を形成、ダイアモンドバー、バットコーンパー
根管長測定; 電気的根管長測定: APITで WL・X線写真を参考に,
# 15ファイル
5) 洗浄; 生埋的食塩水
乾燥; バキューム+洗浄針、ペーパーポイント
6) 根管形成、根管長の訂正
①lnitial Apical File(IAF);軽い抵抗感を伴い根尖へ到達するファイル をみいだす。
②根尖孔拡大; 基準は、 IAFの2段階太いファイル Master Apical File(MAF)まで
7)貼薬・仮封;Ca(OH)2(飽和水溶液で可)やヨードチンキ
8)抜髄2回目
①Step Back Preparation;MAFより1段階太いファイルで1mm短く根管形成
洗浄水を満たした中で IAFでファイリング(Apical clearing)
②根管長の再確認
③根管の滑沢化
9)根管充填
根充可能な指標:急性症状の消退、根管の乾燥が可能であること
レンツロ(またはコンデンサー)は作業長マイナス2mmで低速回転10秒。
マイナス3mmで低速回転10秒。
あとはゆっくり引き上げて糊剤をならす。
仮封、 X線写真撮影
10)予後判定
1週間後、特に症状がなく、臨床所見の改善があれば修復処置を行う。
2-3カ月後X線診査X線所見の悪化がある場合は抜歯を検討する。
以後、3-6カ月毎にX線検査を継続する。
Ⅳ.乳歯の感染根管治療
術式
1)除痛(残髄ならびにラバーダムに麻酔を要するとき)
2)ラバーダム防湿、歯面の清掃
3)ウ窩の開拡、感染歯質除去
4)天蓋除去,髄室清掃
髄角の除去、術野の消毒(ヨードチンキ+アルコール)
根管上部形成 #35ファイルで直線部を形成、ダイアモンドバー、バットコーンパー
根管長測定; 電気的根管長測定: APITで WL・X線写真を参考に,
# 15ファイルで
洗浄は生埋的食塩水
吸引乾燥;バキューム+洗浄針、ペーパーポイント
5)貼薬;CMCPまたはメトコール
2重仮封
6)根管治療2回目以後
根管形成
①lnitial Apical File(IAF);軽い抵抗感を伴い根尖へ到達するファイル をみいだす。
②根尖孔拡大; 基準は、 IAFの2段階太いファイル Master Apical File(MAF)まで
③Step Back Preparation;MAFより1段階太いファイルで1㎜短く根管形成
その後、洗浄水を満たした中で IAFでファイリング(Apical clearing)
④根管長の再確認
⑤根管の滑沢化
7)2回目以後の貼薬;Ca(OH)2(飽和水溶液で可)
8)根管充填は抜髄と同様。
9)予後判定
1週間後、特に症状がなく、臨床所見の改善があれば修復処置を行う。
2-3か月後X線診査。 X線所見の改善が見られない場合は抜歯を検討する。
以後、3-6か月毎にX線検査を継続する。
Ⅴ Apexificationから根管充填
Apexification とは、歯根未完成歯が全部性歯髄炎や歯髄壊死により、根管治療の適応となった場合、ガッタパーチャによる根管充填に先立ち、水酸化カルシウム糊剤を暫間的に根管充填することを繰り返して、根尖部に硬組織形成を促し、これによって根尖部の閉鎖をはかることである。歯髄炎、歯髄感染に伴う歯根吸収や、歯根水平破折歯の歯冠側破折片の歯髄壊死などにも適用される。
術式
1)除痛 歯髄炎といった炎症を有する歯においては麻酔が奏功しにくい。電気歯髄診によって、麻酔が奏功したことを確認してからの切削を勧める。無痛治療下では小児の協力が得やすい。瘻孔を有する歯でも、歯髄の少なくとも一部は、感覚が残存していることは稀でないため、その場合は局所麻酔を応用する。
2)歯面の清掃、ラバーダム防湿
根未完成歯は萌出程度も不十分で、クランプを装着しにくいことがある。より後方の隣在歯に装着して、患歯をフロスで結紮するか、当該歯に接着性レジンと光重合コンポジットレジン等で小突起を作り装着する。
3)軟化象牙質の除去 う窩の軟化象牙質を除去し、感染歯質を取り除く。
4)天蓋除去、髄室清掃
髄角を除去する。アンダーカットは除去するが、元々薄い歯質であるため、最低限の除去にとどめる(図4)。
(1)術野の消毒(ラバーダム上をヨードチンキとアルコールを用いて消毒)
(2)根管上部形成 ;ダイアモンドバーやバットコーンバー:#35ファイルで直線部を形成
5)根管長測定
(1)電気的根管長測定:# 15ファイルとAPIT15
(2)エックス線診査;術前のエックス線写真の撮影の際に、歯冠にX線造影性を有する指標(ガッタパーチャポイント等、長さをあらかじめ測定したもの)を貼りつけて撮影する。または、根管形成に際してファイルやガッタパーチャポイントを根管内に試摘して、エックス線撮影を行う。
(3)管内を触知した際の感覚を参考にする(根管壁の連続性や柔らかさ等)
(4)患者の感覚を参考にする。(小児の歯髄は、一部に壊死があっても、それ以外の部分にふれると疼痛を訴えることが稀ではない。ただし、疼痛があったとしてもそれが健全組織であるとは判断できない。他の診査結果から総合的に診断する必要がある。また、残髄.穿孔,息肉(根尖から根管内に侵入した組織)等を鑑別する必要がある。)
6)洗浄:生埋的食塩水(次亜塩素酸ナトリウムは根尖外で腐骨形成をする危険性があり使わない)
水圧で根管内容物を根尖孔外へ出さないよう、滴下する程度の軽圧で洗浄を行う。
乾燥:洗浄針を作業長の範囲で根管内に入れバキュームで吸引する。ペーパーポイントは、根尖部の出血や滲出液の診査や、根尖部閉鎖硬組織形成後の根管充填の直前に根管の乾燥をチェックする時点で使用する(根未完成歯の根管内に用いたペーパーポイントの線維が根尖孔外に出て肉芽腫を作ったとする報告がある)。
7)根管形成
(1)髄腔開拡:歯質が薄く柔らかいため必要最小限度にとどめる。
(2)lnitial Apical File(IAF):根尖へ到達する最も太いHファイルの号数を、おおよその根尖径の指標とするが、開大している場合は、触知はできない。実際は、♯70程度の径のファイルで、軽圧下での円周ファイリングを2周行うことを目安とし、根尖孔外への押し出しをしないように、歯髄を除去する。
(3)ファイルを1番手太くするたびに必ず洗浄と吸引を行う。
8)貼薬・仮封
水酸化カルシウムと滅菌水を体積比2対1で練和し、レンツロやコンデンサー(#35以上)で根管充填する。作業長-2㎜に挿入して低速回転(800~1000回転/分)、回転時間は20秒程度。
感染根管ではCMCP(カンファレーテドモノパラクロロフェノール)を使用。綿球につけて絞ったものを根管口に置く。市販の薬剤では、メトコール®の成分が類似した剤品である(グアヤコール・パラクロロフェノール)。二重仮封;水硬性セメントやストッピングに加え、光硬化型アイオノマーセメントまたはコンポジットレジンで2重仮封とし、咬合をチェックする。さらに臼歯部ではバンドを適合させ、セメント合着することで歯冠歯根破折を予防する。
9)治療間隔:次回治療は約1か月後に設定し、この際、根管内への浸出液が少ないことが確認できた場合は、その後の来院は3~4か月後とする。浸出液等による糊剤の着色やほとんどの水酸化カルシウムが消失していた場合は、1か月以内に再貼薬する。
10)2回目以後
(1)仮封の除去と貼薬の除去:仮封材および綿球を根管内の根尖側に落とさないように注意する。貼薬した水酸化カルシウムが消失していたり、浸出液や血液が根管を充たしている場合には、1か月以内に次回の治療を設定するが、歯根吸収の進行や穿孔、側枝などについても留意する必要がある。根管内の水酸化カルシウムの水分が少なくなっている場合は、根尖孔が閉鎖に近づいていることを示している。
(2)根管長の再確認:生理的食塩水を満たした状態で#15ファイルを用いて測定する。異物や目詰まり,穿孔の有無を確認する。
(3)根管の滑沢化:根管内に生理的食塩水を充たし、IAF(最低#70)を用いて軽圧下にて内壁を滑沢にする。
(4)根管充填の時期にについて:急性症状がなく、根管内の乾燥が得られ、根尖にガッタパーチャを支えるに適した硬組織が触知された場合は、ファイルまたはガッタパーチャポイントを試適してエックス線写真撮影を行い、作業長の決定と根尖部の確認を行ってから根管充填に移る。これらが達成されるまでは、水酸化カルシウム-水糊剤の貼薬・二重仮封により、3~4か月毎に同様に治療する。
(5)根管充填法:側方加圧根管充填法に際しては、太いガッタパーチャポイントを作って用いる。根充には接着性レジンシーラー(メタシールSoftペースト)とフィンガースプレッダー(MANI)とアクセサリーポイントを用いる。根尖開口部の直径が0.4㎜(ファイル#40)より小さいときは、垂直加圧根管充填法も適用可能である。
11)仮封:光重合型アイオノマーセメント、コンポジットレジン等
12)X線写真撮影
13)歯冠修復
(1)臼歯部
咬頭被覆型の修復を行う(アンレーまたは全部被覆冠)。歯質崩壊の著しい臼歯においては、バンドを装着してこれを隔壁とする。さらに、歯内療法後も、バンドを装着したまま、歯髄腔は接着性レジンで接着して、コンポジットレジン充填を行うことができる。ただし、バンドは6か月ごとに外して歯を清掃し、歯にフッ素を塗布して、再度装着して第二大臼歯の咬合が完成するまで管理を継続したあと、アンレーまたは全部冠修復を行う。
(2)前歯部
アクセス窩洞に対しては、コンポジットレジン充填が用いられてきたが、歯冠歯根破折が多いため、適切な材料選択が必要である。修復方法を検討した結果、接着性レジンとコンポジットレジンの適切な組み合わせが報告されている。接着性レジンはスーパーボンドC&B(サンメディカル)を用いる。また付与する咬合は、アクセス窩洞内に充填したコンポジットレジンには咬合接触させない方が破折しにくい。6か月毎に咬合の診査と調整を行う。充填部の経年劣化があるので、数年に1度は再充填処置を行う。
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